記憶の色 memories of a color

圧倒的な自然に、心地よい風に、神秘に満ちた命に…
旅人がふと思い出す、様々な情景とともに記憶された色のストーリー

MUSA ORANGE

【エジプト・シナイのムーサオレンジ/by US】
砂漠はほとんど無色で、ベージュ色の岩肌だけの土地だ。風は乾き、日中は凄まじい太陽のエネルギーが降り注ぐ。
しかし、夜は凍えるような寒さ。昼間の暑さは想像もできない。
深夜にのぼり始めたシナイ山は、巡礼者と観光客で頂上まで長蛇の列が出来ている。とてもじゃないが、暑さから逃げる所がまったくないこの山に日中登るのは困難だろう。
皆、この山からご来光を拝むために早足で山頂に登って行く。ご来光を拝むのは、八百万の神がいる日本人だけではなさそうだ…。
この山ジェベル・ムーサー(アラビア語でモーセの山)は、旧約聖書の中でエジプトからイスラエルの民を率いて脱出して来たモーセが、神から十戒を授かった場所とされる。でも、この山に草木は何にもない。山道は本当に瓦礫しかない。
何故、モーセはこの山に登ったんだろう。山頂に何か用事でもあったのだろうか…なんて考えても仕様がないか。
凍える寒さの中、東から太陽が登ると瓦礫の山はみるみるオレンジ色に変わる。普段はベージュ色の瓦礫の山が、この瞬間だけこんなに美しいオレンジに変わる…。砂漠の中のこの色は印象深く残っている。

MUSA ORANGE

HIMALAYAN PINK

【ネパール・アンナプルナのヒマラヤピンク/by Hozy】
2億年前に存在したとされる超大陸、ゴンドワナ大陸。この大陸から分離し、ユーラシア大陸に衝突したインド亜大陸より形成されたと言われるのがヒマラヤ山脈だ。
この山頂付近で発見される海洋生物の化石は、歴史を物語る上で重要な痕跡であると信じたい。そして、この時に地中深くに閉じ込められた太古の海水が、地表を8,000メートルも隆起した大地のエネルギーを吸収しながら結晶化し、淡いピンクの岩塩が誕生したことは、この土地の歴史上、別けては考えられないと僕は思う。
旅行において、その土地の歴史を知るのはとても重要なことであり、その歴史を知ることで本質が見えるような気がするのは僕だけでしょうか? 
だからこそ、一度は悠久の大地に包まれながら、淡いピンクの岩塩と語らいながらヒマラヤの氷でお酒を飲んで、その土地の人達と共に語り合いたい・・・きっと、お互いが通じ合えるような気がする。

HIMALAYAN PINK

THISTLE PURPLE

【スコットランド・ハイランドのシスルパープル/by Miki】
シスルはアザミの英名で、スコットランドの国花。日本のものに比べると大きな種類が多く、アーティチョークにも似ている。某夏、野歩きの途中で出くわした時、大人の背丈ほどの高さとその花の大きさ、荒々しさに驚いた。
緑よりも岩で覆われたハイランドの広大で荒涼としたこの地に、日本のアザミより青みがかった紫のシスルは高貴な美しさを漂わせる。まるでケルトの聖地に降り立った戦いの女神のようなその花の圧倒的な存在感が、私の視覚を支配する。
王族たちが戦ったこの地で、ハイランダー戦士と共に強く生きたスコットランドの女性達のイメージも重なり、一瞬でシスルは私の一番好きな花になった。
その日からずいぶん経って、戦国時代に敵軍がシスルのトゲにさされて退却し、スコットランドが救われたという伝説を知る…やっぱり!! ハリーポッターのホグワース魔王学校もあり、ケルト神話が未だ息づくスコットランド。今でも魔女狩りを逃れた魔法使いが、マグルにまぎれて午後のお茶を楽しんでいるに違いない。そんな魅力、いや魔力を備えた王国の花、シスルに心奪われたのもきっと魔術?

THISTLE PURPLE

EUCALYPTUS BLUE

【オーストラリア・ブルーマウンテンズのユーカリブルー/by Hozy】
地表の薄いオーストラリアでは、樹木の生存競争も厳しい。ストラングルフィッグスツリーは、別名「首絞めのイチジク」。他の木に寄生し強靭で腕ほどの太さのツルを上にも下にも伸ばし、寄生した木が枯れても成長し続ける。その他にも、地表に根を剥き出しにして落ち葉を集めて根元で腐葉土を作る木など…。
ユーカリはもっと攻撃的だ。ユーカリには、幹の表皮が剥けてツルツルになったものが多い。この表皮は、自然火災を誘発する為の布石。彼らは火で森の間伐を行うのだ。ユーカリは火に強い。彼らは生き残り、薄い地表のエネルギーを独り占めする。焼け焦げても幹の芯の方で、確かに生命力を蓄えている。
この木の葉から空気中に発散される油分は青い。その青さは、そんなユーカリの激しさも秘めている。だからこそ「キレイ」という一言では表現したくないのが、このブルーなんです!そして、この朴訥としたユーカリの木に、僕はドラマを感じるのだ。

EUCALYPTUS BLUE

CHUMPHON PINNACLE BLUE

【タイ・コタオのチュンポンピナクルブルー/by Miki】
運命に導かれるままに訪れたタイの東側に浮かぶ小さな島KohTao/タオ島。上陸直後、カオサンからの夜通しのバスと船旅の疲れで、ぼんやりしながら宿で遅い朝食をとっていると「ダイビングにはもう行ったの?」と同じ宿に数ヶ月滞在中のケベックアが声を掛けてきた。「私はシュノーケルの人だから…」といつもの文句でかわそうとすると、怒涛の如く私の言い訳を覆す。結局この出会いから10日後には、オープンウオーターにチャレンジすることとなる。
タオ島は沢山の優良ダイビングスポットに囲まれている。その中のひとつ「チュンポンピナクル」。サイト到着前から、私はそのなんともチャーミングな名前がいたく気に入っていた。ダイビングも数回目、ボヤンシーも巧く調節できて自由に動ける。ゆっくり浮遊しながら乳白色の海底からふっと目を遠くに移す。透明度の高い水は、ずっと先まで青のグラデーション。それは、遠く群青へと続く。そのずっと奥には引き込まれるような深い深い青。ヨガでなかなか到達できなかった瞑想の域へ一瞬で落ちる。上等な絹のシーツに包み込まれているような感覚を全身の肌で感じながら、映画グランブルーのラストシーンでイルカに導かれディープブルーの先へ旅立った主人公の平穏な笑顔を思い出していた。

CHUMPHON PINNACLE BLUE

CORREDOR YELLOW

【アルゼンチン・コルドバのコレドールイエロー/by US】
パンパと呼ばれる草原の北にコルドバはある。
この街もまた、スペインの南米における略奪と侵略の歴史と無関係ではない。
この南米で一番古いとされる大学はイエズス会の創立とされる。1613年のことらしい。
きな臭い歴史の匂いを感じる街に着いたのは早朝。まずは朝食を、と入ったカフェはここが南米とは思えないゆったりと落ち着いた感じだった。クロワッサンとカフェオレをいただく。街を出勤する人たちが歩いて行く。
本当に日本から遠く地球の正反対の場所にいるのだろうか・・・・。
このヨーロピアンナイズされた街ですでに落ち着いてしまっている自分に気づいた。その位すぐに馴染めた街だった。
数時間経ちそろそろ街も本格的に始動してようだ。まずは南米最古の大学へ。
薄いイエローの壁のコレドール(回廊)の建物へ入る。歴史的建造物なのに、多くの生徒が授業を受けている。
現役で使っている建物とは思わなかった。そろそろクリスマスも近い季節。この時期の授業、アルゼンチンでは夏期講習と呼ぶ!

CORREDOR YELLOW

TJAMPUHAN GREEN

【インドネシア・バリ島のチャンプアングリーン/by Kyon】
朝の光を感じ、目が覚める。そうだ、ここはウブド。ホテルのベッドの中だ。その昔、ウブド王室の貴賓館として建てられたもので、建物もインテリアもバリ・クラシック。こじんまりしているけど気持ちのいいプールもあるし、散歩ができるガーデンもある。なんて豪華な!基本、バックパックな旅派だけど、私の誕生日に家族みんなでプレゼントしてくれたこの旅で、同行の姉が「絶対にあなた好み」とブッキングしてくれたのだ。
昨日泊まった小さな漁師町・パタンバイの宿とは対極だよなぁ。でもなんか、それぞれ味があっていいよなぁ。そんなことを思いながら、ブランケットからするりと抜け出し、テラスに出た。
視界いっぱいに広がったのは、チャンプアンの森。ありのままの緑に、うっすらと朝靄がかかっている。森は生き生きと呼吸しているみたいで、まるで大きな生き物のようだ。
カウチに座って森と一緒に呼吸して、その向こうに聞こえるチャンプアン渓谷の川の音を聞きながら瞑想。どこかでトッケが鳴いてるなぁ…。どれくらい経っただろう。人の気配に目を開けると、ホテルのスタッフがお供えの花篭を持って立っていた。「あ、スラマッパギー」。

TJAMPUHAN GREEN

ANGKOR KHAKI

【カンボジア・シェムリアップのアンコールカーキ/by US】
僕がこの地を旅した時はまだUNTAC(国際連合カンボジア暫定統治機構)の統治の影響が残っている頃だった。
アンコールワットを見たいと言ってもたどり着くには少々困難がともなう。
トンレサップ湖をひたすらボートで北上する。プノンペンとシェムリアップの間には幾多のゲリラの生き残りがいるから気をつけろと皆に言われた。
無事に到着したシェムリアップ。すぐにアンコールワットを見に行く。すでに地雷は撤去されていると言われているものの、まだ道をはずれると危険だとガイドに注意された。
しかし・・・このジャングル一体に存在したアンコール王朝の遺跡はデカい。
ジャングルの奥に入って行くと木が遺跡を覆い隠していた。人間の作ったものを自然が勝ち誇ったように覆い隠していたのだ。
カーキ色のジャングルに隠されたアンコール王朝の遺跡。
確かに過去の栄光の歴史が幕を閉じた時、この地の神がその歴史を秘密にすべく、自然の力ですべてを隠してしまったかのようだ。

ANGKOR KHAKI

KARNAK BROWN

【エジプト・ルクソールのカルナックブラウン/by Miki】
エジプトを訪れたきっかけは、水晶使いの魔女を生業とする妹の友人の誘いだった。「ルクソールという古都で、メッセージを持っている人があなたを待っているから、私と行かなくてはいけないわ」
フリーランスになりたての私は人生のいろいろに迷っていた時期でもあり、なぜかすんなり連れられて、気がつけば小説ばりの迷宮巡りの旅をしていた。
度重なる不思議な出来事…。ことさらルクソールのカルナック神殿、沢山の羊頭のスフィンクスが両脇に並ぶ参道が壮大な門へと誘う。圧倒されながらその門を潜ると、高くそびえる美しいパピルス柱列が待ち構える。
レリーフとヒエログリフが刻まれ、まるで古い歴史書の中に入り込んだ感覚。
所々に配されたファラオ像、オベリスク、スカラベ…。聖なる池を複数の神殿と祝祭殿が囲む。その全てが遥かの地から削りだされ運ばれた、血と汗とが染み込んだ石作りなのだ。
その神秘に満ちた深い砂色。カルナックのブラウンは太陽の神と王達の集大成の色、ここで体験した摩訶不思議な出来事と共に記憶に残ることとなった。

KARNAK BROWN

SAVA RIVER GRAY

【セルビア・ベオグラードのサヴァリバーグレイ/by US】
セルビア、この地はローマ時代にパンノニアと言われた頃からユーゴスラビアの分裂に至った今も常にもめ事が絶えない。
この地を旅したのはクロアチア紛争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の真っ只中だった。
冬のベオグラードはダウンジャケットを着ていても突き刺すような寒さが入ってくる。戦下の為、物資の供給もままならず、
寒さを避ける為に入ったカフェもほとんど外気と同じだった。それでも、コーヒーだけは温かく、芯まで冷えた体には沁みた。
この街を歩いても色がない。なにもかもがグレーだ。公園を歩いてもグレーばかりが目に入る。併設されている動物園もすべてがグレーに見える。動物園の檻の中には沢山の紙幣が投げ捨てられている。どれもこれも紙くずになってしまった紙幣なのだろう。
僕もポケットの中に入っていた10,000,000,000リラ札を真似して投げ入れてみた。
このお金を出してもパンも買えない。
そうして再びベオグラードの街を歩き出す。小高い丘に出ると川が出て来た。
ドナウ川とサヴァ川の合流地点だ。幾多の戦火を見て来たこの川はいつも悠々と流れていたのだろう。
しかし、この川もなにも色のないグレーだった。

SAVA RIVER GRAY

PELE BLACK

【ハワイ・キラウェアのペレブラック/by Miki】
大人の絵本として出版されているいくつかの話をCD化するに当たって、その中に封入されるブックレットのグラフィックデザインの仕事を請けることになった私は、資料探しをしていた。数冊のストーリーの中で、ひときわ興味を引かれたのがハワイ島、ペレの話だ。
火の神・ペレはハワイで絶大な影響力と信仰を持ち、フラが彼女にささげられ、怒りを静めるんだと知る。
全てをその嫉妬で焼き尽くしてしまうペレ。その情熱と残忍なまでの、失った愛への仕打ち。Love and Hate。そのあまりにも破壊的な愛情表現に心が震えた。いまだにハワイ島を飲み込み続ける暗黒のマグマブラック。その奥にほとばしる炎を秘めながら、静かにゆっくりとなにもかもを飲み込んでいく。ハワイへの旅はオアフ、カウアイ、マウイと巡ったがなぜかハワイ島を訪れることが出来ないでいた私は、なんだか次回の旅を念押しされているような気がしていた。

MUSA ORANGE

MELTIMIA WHITE

【ギリシア・ミコノスのメルテミアホワイト/by Kyon】
ギリシャには、子どもの頃から興味があった。とりわけ、神話には心魅かれる。でもそれは、ロマンとかファンタジーとか、そういったものではない。“前世”なんていう言葉を聞くことがあるが、ギリシャという土地に、何か“ご縁”のようなものを感じるのだ。
ちゃんとしたギリシャ神話を読んだのは、中学生のとき。神々のあまりの人間臭さに衝撃を受ける。浮気に夜這い、嫉妬に仕返し。ゼウスにたまたま見初められた女性が、理不尽にも星とか白い牛に変えられちゃうこともある。しかし、そんな神々の人間臭さは、だんだんと私の心を捉えていった。言ってみれば神々は人間にとって、もっと身近な存在であったのだ。
ある日、ギリシャに関する本でミノコス島を知った。メルテミアと呼ばれる季節風が吹く風の島だという。真っ青な地中海に映える、まぶしいほどの白い街並み。路地が入り組んで、それはまるで迷路のよう。閉じ込められた迷路から逃げ出すために、ロウで作った翼で飛び立ったイカロスを思い出した。おおっ、行ってみたい!
メルテミアに髪をなでられながら、神々と人間が暮らした時代を思うとき、海風の匂いはきっと懐かしい。

MELTIMIA WHITE